「学校に行かない」と決めた10歳の哲学者

「この子知ってる」という方もいらっしゃると思います。中島芭旺(ばお)君。赤いハンチング帽と和服姿、とても印象的で不思議な子ども。ベストセラーになった『見てる、知ってる、考えてる』を出版したのが10歳の時ですからもう12歳。写真で見るとすっかり成長して、りっぱな少年です。

今回は、その芭旺君の「今」です。時々学校に行くようになったようです。

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こちらはお母さんのことも。

記事(プレジデントONLINE)

ADHD アドバンテージ

「ADHDを才能に導く」。そんな素敵な本をご存じでしょうか。ちょっと前にアメリカで出版された、心理学者D・アーチャーの著書「The ADHD Advantage」には、ADHDの子どもたちが天から授かった色々な才能について書かれています。

「The ADHD Advantage」についての関連記事

NHK☆発達障害プロジェクト

天下のNHKが本気で発達障害のテーマに乗り出しました。受信料を払っている皆さん、見なきゃ損です。「ナルホド」がたくさん紹介されてます。

番組サイト

「先生、一歩前に踏み出して」

たくさんの一生懸命な先生がいる中で残念な出来事も増えています。

たとえばこんな話。

「なにを書いてもいいよ」と先生が言ったので、不登校の妹が書いた卒業文集の作文。でも出来上がった文集には掲載されていなかった。☆(grape 記事)

この先生は「その子のこと」よりも、クラスのことや自分や学校の立場を考えてしまったのかもしれません。

こういったことは実は「どこにでもあること」です。先生も「一歩踏み出す」勇気が必要になってきました。

でも本当に残念なのは、学校がこうした先生を応援できなくなってしまったことです。

バランスを求める世の中でどう生きていくか

基礎能力は高いのだけれど一方的にしゃべってしまう。1対1のコミュニケーションはできるけど、大人数の中では自分の位置がわからない。中高一貫の進学校に通って大学も卒業。そして就職。高2でASDの診断を受けたK君が26歳でたどり着いたところは。

★東洋経済ONLINE記事

15歳で不登校の画家・濱口瑛士くん

障がい、いじめ、不登校。ディスレクシアの瑛士くんは漢字がにがてです。でも今では机の上にダンテやニーチェや中原中也の本などあったり。お母さんの話「いじめられて辛い時期は、ものすごく楽しい世界を絵でいっぱいに描いていて、いま学校に行くことから解放されたら、苦行を美徳とするような絵が増えてきた。絵でバランスを取っているんだよね」。

ホウドウキョク記事

人生は才能と努力

と言ってしまうと身もふたもないように聞こえますが、実はこういうことです。「才能は向き不向き、努力は続けること」。そして努力はどれだけ楽しみながらできるかが長く続けられるコツになります。

どんな子どもでも得意な分野でじっくり取り組んでいけば、幸せで充実した人生を送れます。

それともう一つ。才能を磨いたり、努力のトレーニングをするのに最適なのが数学の学習です。

それは数学が「与えられた条件から解決策を見つけ出すためのツール」(問題解決力)として優れているだけでなく、いろんな角度から考える(多面的な思考力)、練習を積んで早く答えを出す(正確性、計算力)といった点でも効果があるからです。

ひゅーまにあきっずでは、子ども一人ひとりと得意な分野を一緒に探しながら、数学的な学習要素も取り入れた学習環境を提供致します。

私、英語きらいじゃない

英語が全然できなかった中1女子。半年前に見せてくれた答案は30点。恥ずかしかったのか、自分で「80」点に書き換えていました。ところが先日のテストは60点。ホントは71点取れたと言ってくやしがっていました。先生が好きだから頑張っているのだそうです。

子どもの力を信じる。やる気を支えてあげる。親を見て子は育つ、先生を見て子は学ぶ。「教える力」はとても大切です。

(東京の教室に通われているお子様のお話です)

プログラマーは天職

かけ算九九が苦手 ⇒教室から抜け出す ⇒特別支援クラス ⇒不登校の「ASDの彼」が26歳で就いた仕事がシステムエンジニア。東洋経済オンラインの最新記事をご紹介します。

ひゅーまにあきっずは将来プログラミングの分野で活躍する人材を、独自の「学びとキャリア」を通じ、小学生のうちからしっかりサポートしていきます。

26歳「発達障害」の彼がやっと見つけた天職